過労死防止大阪センター

教員の過労死等防止のために―責任なくして予防なし―

弁護士  松丸 正

1 公立学校の「熱血先生」の過労死等の公務上認定の受けとめへの違和感
 私は多くの公立学校教員の過労死等の公務上認定に取り組んできた。
しかし、給特法の下、公立学校教員の時間外勤務は、勤務時間として評価されず、自主的・自発的勤務と「整理されてきた」状況の下では、勤務時間は適正に把握されることなく、出勤簿に押印のみという学校が多かった。
 公務上認定による補償を受けるためには、遺族らと弁護団の「見えない時間外勤務」を可視化するための多大な努力が求められ、10年以上かけてようやく訴訟で公務上認定されるという状況が続いた。
その苦闘を経て、ようやく認定されたことに職場の校長も含めた教員から「よかったね」との声がかけられ、マスコミからは「熱血先生」の過労死として取り上げられた。
しかし、教育現場やマスコミのそのような受けとめ方に、私は同感しつつも違和感が残らざるを得なかった。

2 過労死運動の認定→責任→予防の流れ
 私は過労死問題に取り組みはじめて半世紀近くになるが、過労死についての取り組み(それは過労死運動と私は呼んでいるが)は、労災(公災)認定から最高裁電通判決(2000年)を典型とする企業賠償責任、更には過労死等防止対策推進法の成立につながる、認定→責任→予防の流れをつくりあげてきた。
 しかし、教員については、ラクダが針を通るより難しかった公務上認定に留まり、責任=行政に対する賠償責任追及の手前で、私も含めて足踏みをしたままだった。
 過労死運動の流れで学んだことは、労災(公災)認定で終わってしまっては、実効ある職場の長時間勤務の是正や過労死等の予防につながらないということだ。責任の問題を問うことなしには、勤務時間の是正、予防は実効性あるものにならない。
 教員の働き方改革や過労死問題で欠落しているのは責任の問題であると考え、損害賠償請求訴訟による責任の明確化を通じての、日本の高い水準の教育が壊れるか、その教育を支える教員の心身の健康が壊れるか、その二律背反の状況の抜本的な改善を望むことはできない。

3 公立学校の教員の過労死防止元年とも言うべき平成31年1月の「学校における働き方改革」の答申
(1)教員が長時間勤務により疲弊していくのであれば子供のためにならない
公立学校の教諭らの長時間勤務と、それにより生じる心身の健康状態の問題を踏まえて、中央教育審議会は「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」を平成31年1月25日付けで発出している。
 そこには「‘子供のためであればどんな長時間勤務も良しとする’という働き方は、教師という職の崇高な使命感から生まれるものであるが、その中で教師が疲弊していくのであれば、それは‘子供のため’にはならないものである。教師のこれまでの働き方を見直し、教師が日々の生活の質や教職人生を豊かにすることで、自らの人間性や創造性を高め、子供たちに対して効果的な教育活動を行うことができるようになるという、今回の働き方改革の目指す理念を関係者全員が共有しながら、それぞれがそれぞれの立場でできる取組を直ちに実行することを強く期待する。」(2頁)とはじめに述べている。

(2)日本の高い教育水準が教師の長時間にわたる献身的な取組の結果ならば持続可能ではない
 同答申は我が国の義務教育における高い水準とそのための教師の献身的取組につき、「我が国の義務教育は高い成果をあげている。例えば、新しい知識・情報・技術が社会のあらゆる領域での活動の基盤となる知識基盤社会となり、それらをめぐる変化の早さが加速度的となり、情報化やグローバル化といった社会の変化が人間の予測を超えて進展することを踏まえ、各国の義務教育修了段階の15歳の子供たちがどのような質の学力を有しているかを測るために、経済協力開発機構(OECD)が2000年から3年に一度実施しているPISA調査においては、数学的リテラシーや科学的リテラシーはOECD加盟国中一位(PISA2015)であるなど我が国の15歳段階の子供たちは世界トップ水準の学習成果を示している。」(3頁)と日本の学校教育は大きな蓄積と高い成果をあげているとしたうえ、しかし、「教師の長時間にわたる献身的な取組の結果によるものであるならば、持続可能であるとは言えない。『ブラック学校』といった印象的な言葉が独り歩きする中で、意欲と能力のある人材が教師を志さなくなり、我が国の学校教育の水準が低下することが子供たちにとっても我が国や社会にとってもあってはならない。」(5頁)としている。

(3)長時間勤務による志ある教師の過労死等はあってはならない
 更に長時間勤務の下で過労死が生じていることについて、「志ある教師の過労死等が社会問題になっているが、子供のためと必死になって文字通り昼夜、休日を問わず教育活動に従事していた志ある教師が、適切な勤務時間管理がなされていなかった中で勤務の長時間化を止めることが誰もできず、ついに過労死等に至ってしまう事態は、本人はもとより、その遺族又は家族にとって計り知れない苦痛であるとともに、児童生徒や学校にとっても大きな損失である。さらに、不幸にも過労死等が生じてしまった場合に、勤務実態が把握されていなかったことをもって、公務災害の認定に非常に多くの時間がかかり、遺族又は家族を一層苦しめてしまうような事例も報告されている。この点については、第3章で述べる勤務時間管理の徹底や『公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン』(以下『上限ガイドライン』という。)を踏まえた各地方公共団体の規則等に基づく勤務時間管理の徹底、学校や教師の業務の明確化・適正化による勤務の縮減を図り、一刻も早く改善しなければならない。こうした志ある教師の過労死等の事態は決してあってはならないものであり、我々は、学校における働き方改革を実現し、根絶を目指して以下に述べる必要な対策を総合的に実施していく必要がある。」(8頁)と述べている。
 教員の長時間・時間外勤務が日本の高い教育水準を支えてきたとともに、そのなかで教員が過労死等心身の健康を損ねていることを未然に防止することなくしては、高い水準の教育を持続可能なものとして維持することはできないことを明言している。

4 公立学校の教師の勤務時間についてのガイドラインと指針
 文科省は、前記中央教育審議会の答申にあわせて平成31年1月25日付けで、働き方改革一括法で改正された労基法36条の時間外・休日労働の延長時間の上限の定めに即して「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」を定め、この内容は、給特法7条1項に基づく令和2年1月17日付けの「教育職員の健康確保及び福祉措置指針」に引き継がれている。
勤務時間の上限の目安時間として、
「(2)上限の目安時間
① 1か月の在校等時間の総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が、45時間を超えないようにすること。
② 1年間の在校等時間の総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が、360時間を超えないようにすること。
(3)特例的な扱い
① 上記(2)を原則としつつ、児童生徒等に係る臨時的な特別の事情により勤務せざるを得ない場合についても、1年間の在校等時間の総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が、720時間を超えないようにすること。この場合においては、1か月の在校等時間の総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が45時間を超える月は、1年間に6月までとすること。
② また、1か月の在校等時間の総時間から条例等で定められた勤務時間の総時間を減じた時間が100時間未満であるとともに、連続する複数月(2か月、3か月、4か月、5か月、6か月)のそれぞれの期間について、各月の在校等時間の総時間から条例等で定められた各月の勤務時間の総時間を減じた時間の1か月当たりの平均が、80時間を超えないようにすること。」
としている。
 このガイドラインに関し、後記6の②の判決は「本件ガイドラインが発出された趣旨や、その背景にある考え方をみても、本件高校において、勤務時間管理者である校長が、教育職員の業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積してその心身の健康を損なうことがないよう注意する義務(安全配慮義務)の履行の判断に際しては、本件時間外勤務時間をもって業務の量的過重性を評価するのが相当」である(57頁)としている。

5 責任の所在とその内容を明らかにすることなしには実効性ある過労死等の防止はできない
 前記の「学校における働き方改革」についての中教審答申以降、文部行政による公立学校教員の過労死等についての取り組みは前進してきたものの、未だ不十分なものに留まっている。
 先に述べたように、民間労働者等では過労死等防止は労災認定からはじまり、企業賠償責任を認める電通事件最高裁判決等が集積することを経て、過労死等防止対策推進法制定等の、未だ不十分ながらも過労死防止対策が進んできた。これに対し、給特法により時間外勤務は、原則自主的・自発的勤務として「整理」されている公立学校の教員については、過労死等への損害賠償(国家賠償法1条)責任を追及する訴訟が殆ど提訴されず、その責任の所在が法的に明確にされなかったことが、公立学校において過労死等防止対策の前進を停滞させてきた最大の要因と考えている。

6 公立学校教員の過労死についての損害賠償訴訟の提訴へ
 そのような思いから、私は弁護団とともに、公立学校の教員の過労死等につき損害賠償の訴訟を提訴し、
① 滑川市立中学ソフトテニス部顧問教員の過労死(くも膜下出血)
富山地裁令和5年7月5日判決(確定・判例時報2574号72頁)
② 大阪府立高校ラグビー部顧問教員の適応障害発病
大阪地裁令和4年6月28日判決(確定・労働判例1307号17頁)
③ 東大阪市立中学野球部顧問教員の適応障害発病
大阪地裁令和6年8月9日判決(確定)
の各判決を得ている。
 また、現在訴訟係属中の事案として、令和5年8月28日提訴した、福岡市立小学校主幹教諭の急性心臓病死についての損害賠償事件にも取り組んでいる。
 志ある「熱血先生」の美談に留まらせることなく、あってはならない過労死等の損害賠償事件を通じて、その責任の所在、内容を法的に明らかにするなかで、学校の過重な長時間勤務を是正することは、教員の心身の健康に留まらず、前記中教審答申が述べるように、日本の高い教育水準を持続可能なものにするためにも不可欠である。